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ゴールデンウイークが始まりました。

今日は午前中はお世話になった先生の仏前に元気でやっていることをご報告に行きました。

先日、大韓舌側学会の会長の洪先生も日本留学時代先生にお世話になりました。

先生の仏前にパンフレッドを見せました。

"先生にお世話になった先生は今活躍しています。"

奥様も喜んでくれました。

 

先生は私たちがまだ大学の職員だったころその医院で矯正を担当させてもらっていました。

 

大学病院という組織は助手の内はごはんが食べれません。

 

助教になって初めてサラリーマンとして生活できる給料がもらえます。

年によって制度は変わりますが、大学病院の75%ぐらいの先生はアルバイトをして暮らしています。

 

その時代に大変お世話になった先生です。

 

先生は川崎市の向ケ丘遊園駅で開業されています。

昨年のこと、朝、足が動かないことに気づき救急車で国立病院に搬送されました。

その後、半年間意識もなく過ごされ昨年末、ついに帰らぬ人になりました。

 

その医院を辞めた10年は過ぎましたが先生のご恩は一生忘れないつもりです。

 

先生はとてもハンサムな顔立ちですが、

実際にはいつも頭はボサボサでぶしょうひげ、お酒大好き、煙草大好きの人でした。

だから長生きなんて考えていなかったのではないかと思います。

 

しかし、治療は大変まじめな人で妥協はありません。

商売としての歯医者は考えていませんでした。

 

診療所はまったく華美ではなく、古いユニットが4台。

先生が3人ほどいて、技工士さんも2人いました。

 

ついたてもなく患者さんは横を見れば顔があってしまいそうです。

あるときなど近くの専修大学の相撲部の学生さんが来たらユニットが体重で壊れたほどの古いものでした。

"ユニットで患者さんが来てくれんじゃない、腕だ"

 

しかし、患者さんの信頼は厚く、いつも多くの患者さんをかかえていました。

驚くのはレントゲンなど自分で押さえて、ボタンを押します。

毎日、どれほど被ばくしていたかわかりません。

その事一つとっても自分はどうでもいいということがわかります。

自信の歯を抜くとき、自分でへーベルを取り麻酔をして自分で抜いていたのにもびっくりしました。

 

そんな赤ひげのような先生が昨年暮れに他界されていました。

ご本人の意思もあり、家族葬だったようです。

私が知ったのも数カ月後でした。

 

今日、ご自宅にご訪問し歯科医として後を取られている息子さんと奥様と思い出にしたる時間をすごしました。

 

先生を尊敬している人はたくさんいます。

 

今の歯科医院はどうでしょうか?

華美を競うようになってしまっていますが、

本来はその技術を競うべきでしょう。

 

実際には華美を好む患者さんにも問題があるかもしれません。

先生の治療はすばらしいかったし何よりも商売としては歯科医を考えていませんでした。

こんな人が御父さんならいいなーっと主人なんかも言っていました。

かなり前ですが顎関節学会で倉敷に行ったことがあります。

夜行バスでした。

先生は封筒に入れたお金を渡してくれました。

"これを少し足しにしなさい"

当時の私には本当に助かりました。

遺影は御嬢さんの結婚式のものでした。

 

今日こうして先生に会えてうれしかったです。

そして65歳という若さで他界されたことを悔やみました。

しかし、晩年、息子さんに医院に戻ってきて手伝ってほしい。

"俺は疲れた"。っと言っていたそうです。

 

インテリアや華美装飾を売りにするのではない本物の歯科医でした。

働いて、働いて、急に逝ってしまいました。

 

歯科医になるべくして生まれ、そして引退して楽しむことはなく、

足早に人生を終えてしまいました。

 

ただ今日、息子さんから父のスタイルで歯科医をやっていきたいこと。

先生は週末、時に奥様と箱根に旅行されることがあった。

仲の良い夫婦でした。ということをお聞きして少しほっとしました。

旅行なんてしたことないのではと思っていたからです。

 

人生を楽しむ時があったというのはよかったです。

しっかりとして息子さんです。

意思をついで腕と技術で勝負していってもらいたいです。

 

ゴールデンウイークはこうして始まりました。

日、月曜日と主人の実家の豊橋市に帰省します。

今年84歳になる義父は要介護2に指定されてしまいました。

でも元気です。今のうちに家族の時を大切したいです。

 

恩は一生忘れません。

これは他界した私の父の教えです。

 

一人前になるには多くの恩人がいます。

それを忘れた人でなしです。

 

リンガルブラケットを次世代につなげるべく努力していきます。

 

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