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アメリカンフットボール部創部40周年

先週の土曜日の事

新高輪プリンスホテル国際パミール館にでアメリカンフットボール部創立40周年の式典が開かれました。

私は大学時代の6年間アメリカンフットボール部でタックルという

ただひたすらぶつかるだけというポジションの選手でした。

ボールに触れることはまったくない。花形クオーターバックとは程遠いポジションでした。

 

体の大きな私は入学と同時に入部

そして1年の春からレギュラー、6年間ひたすら相撲のぶつかり稽古のような練習に耐えました。

各チームでもっともぶつかりの強い選手がこのタックルと言われるポジションに選ばれます。

 

そのかいあって

1982年関東医科歯科リーグ3位

1983年関東医科歯科リーグ優勝(北里大学医学部と同率)

1984年関東医科歯科リーグ3位(北里大学医学部、埼玉医科大学、同率優勝。得失点差で3位)

1985年関東医科歯科リーグ優勝

ライバルは北里大学医学部と埼玉医科大学でした。

北里は1983年まで5連覇していましたがその年、北里にリーグ戦で勝つことができました。

その感動と死闘とも言えるその試合は決して忘れることができません。

1983年以降は私たちは北里には相性がよいのかリーグ戦では負けませんでした。

北里も決勝リーグを勝ち残り優勝決定戦で再び対戦し、結果引き分け。

1983年は2校優勝となりました。

 

その次の年

リーグ戦では負けなしで来た最終試合

この仕合に勝てば完全優勝という試合

それが埼玉医科大学との試合でした。

小粒でしたが機動力のあるラインメンを揃えていた埼玉医科大学に負けました。

最終的には埼玉医科大学に勝った北里と1敗のチームが3チームになり

得失点差で私たちが3位になったと記憶しています。 

完全優勝を目前で埼玉医大にもっていかれました。

北里は埼玉医大に強く、私たちは北里に強いが埼玉医大に弱いという構図でした。

 

そして6年生の最後1985年

私たちはその年、北里、埼玉医大に勝ち初めて完全優勝を飾ることができました。

卒業年度に有終の美を飾ることができたのです。

 

なかなか輝かしいでしょ。

ぶつかる事、相手に勝つことにかけては自身がありましたが

相手チームのライバル選手たちとの戦いが今でも思い出されます。

今頃北里の78番の選手も医師として頑張ってくれている事でしょう。

埼玉医大の選手の一人は癌で他界してしまいました。

大変残念でした。病気の事は聞いていました。

いつか昔のメンバーで飲めると良いねと言っていましたが

電話で話すだけで実現しませんでした。

ご冥福を祈ります。

 

300人はいたかのではないか?と思うほどでした。

懐かしい顔、顔です。

北は北海道から南は沖縄まで

よく来てくれました。

私がもっとも近かったかもしれません。

私は1次会で失礼しましたがきっと夜が更けるほど盛り上がった事でしょう。

 

もう会えないかもしれません。

これだけ一堂に会するのは難しいかもしれません。

 

残念なのは今の大学生は運動部に参加しません。

どうしてわからないのですが

クラブに参加しなくなりました。

今年の合宿はラグビー部と一緒に合同合宿だったそうです。

「昔は仲悪かったのにね」なんて声を聞かれました。

大きな新入生の取り合いになるのです。

 

昔は40名を超える大所帯でした。

なんでも相談できる友達がこの中に多くいます。

 

運動部はお勧めです。

 

また10年後

50周年だね。その時は還暦をこえています。

元気であえるでしょうか?

 

 

 

 

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